●コマ劇場レポート「その夜、新宿コマ劇場は渚ようこを優しく包んだ。 」

その夜、新宿コマ劇場は渚ようこを優しく包んだ。
文:川勝正幸

1.伝え聞く、大いなる助走。
2008年10月4日、渚ようこ新宿コマ劇場公演『新宿ゲバゲバリサイタル』へ行った。 劇場のオープンは1956年で、僕と同い歳なれど、52年近い人生の中で2度目のコマだ。前回はYMO『WINTER LIVE』(81)であった。彼らは、北島三郎(おやじ)らが特別公演を開く「演歌の殿堂」へ、テクノポップが侵入する異化効果を狙っていた。

しかし、渚は、ジャッキー吉川が経営する六本木(ギロッポン)のクラブの門を叩き、挫折することから「平成の歌謡歌手」としてのキャリアをスタートした女だ。しかも、03年、新宿ゴールデン街にバー<汀(なぎさ)>を出し、ママとなる。似合い過ぎます! とはいえ、デビュー12周年にあたり、念願のコマ公演を、年末で閉館してしまう前に滑り込みで、レコード会社などに頼らずに渚個人で、インディペンデントで開催すると聞くと、期待だけでなく、不安もいっぱいなわけで。

2.誰もが、「昭和にワープ!」だ。
心配は杞憂であった。 昭和歌謡経由とおぼしきヤングあり、新宿ゴールデン街人脈のナイスミドルあり、国籍性別不明なピープルあり。ロビーは老若男女ドラアグクイーンで足の踏み場もなく、ところどころ覗く、煮染めたような朱色の絨毯がなんか落ち着く。

早めにSS席1万円(記念グッズつき)を予約したおかげで、ステージが驚くほど近い。 サミー前田のキャッチーなDJで場内があたたまったところで、緞帳が上がり、会場は「昭和にワープ!」した。 もはや渚の持ち歌と言っても過言ではない「新宿マドモアゼル」(オリジナル=歌:チコとビーグルス/作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/69年)を踊る<デリシャスウィートス>は、振付だけでなく、体型そのものが昭和30年代のニュース映像から飛び出てきたかのよう。 バンドは一見ノーマルかと思いきや、バンマスの渡辺勝さんはワウでビートを刻んでいく。元・<はちみつぱい>というキャリアからの予想を裏切る、ロック魂・ミーツ・歌謡曲なグルーヴに身も心も揺さぶられる。

お次は、「新宿の女」(オリジナル=歌:藤圭子/作詞:石坂まさを/作曲:みずの稔・石坂まさを/69年)のカヴァー。コマに敬意を表しての、新宿繋がりか。 「コマの舞台に立っているのに、落ち着いている」的なのMCに、渚より緊張していた観客の肩の力も抜ける。 そして、渚が”平成サイケ歌謡の女王”の名を欲しいままにした初期の代表曲「サイケでいこう」(作詞・作曲:あいさとう/96年)、ハプニングス・フォーの日本語カヴァーでおなじみの「アリゲーターブーガルー」(オリジナル=ルー・ドナルドソン/67年)とステージのサイケデリック度が増量したと思いきや、江利チエミの日本語ヴァージョンでおなじみの「カモナマイハウス」、さらに「八木節」へとカオス度が深まっていく。可愛い可愛い竹部さんが渚をおんぶするという無茶ぶりもおかしい。 そう。渚のハマり具合は言わずもがな。衣装もヘア&メイクも21世紀に反抗する美意識で貫かれた七変化なれど、それらに負けていない。

活弁士にして、映画監督、「ニュートーキョー」(作詞・作曲:横山剣/02年)のPVの演出も手がけた山田広野さんが登場し、新宿ゴールデン街から駆け付けたソワレさん、パリから飛んできたエルナ・フェラガ~モさんを呼び込み、渚と軽妙な応援トークを展開する。 続いて、渚が映画『ヨコハマメリー』(06)用にカヴァーした「伊勢佐木町ブルース」(オリジナル=歌:青江三奈/作詞:川内康範/作曲:鈴木庸一/68年)、「港町ブルース」(オリジナル=森 進一/作詞:深津武志/補作:なかにし礼/作曲:猪俣公章/69年)と、ロバート・ジョンソンに始まるブルーズではなく、淡谷のり子に代表される日本ならではのブルースの連打である。 幻聴ならぬ幻臭か。ハマの潮風の匂いにうっとりしていたら、なんと「ギター仁義」~「旅笠道中」~「名月赤木山」(インスト)と、股旅メドレーじゃあ~りませんか! これぞコマならではの趣向でござんす。

第1部のトリは待ってましたっ――内藤陳さんとトリオ・ザ・パンチ2008によるコント。ハードボイルドコメディアンとして今回の中では唯一のコマ劇場出演経験者であり、新宿ゴール デン街の名物バー<深夜+1>のマスターでもある陳さんが、渚の心意気に惚れて、まさかの友情+特別出演。体重30キロ台!? という噂も頷ける超スリムな肉体が見せてくれたシャープなガンさばきに感動。これぞ、はあどぼいるどだど~。一方、渚はカウガール姿で、まさかの「だまって俺について来い」(オリジナル=歌:植木等/作詞:青島幸男/作曲:萩原哲晶/64年)を歌いながらの登場。堂々たるコメディネンヌぶりを披露した。

3.三段せり、成功せり。
コモエスタ八重樫さんの粋なDJが流れる休憩を挟んで、第2部がスタート。清水靖晃さんの「テナーサキソフォンによるバッハ無伴奏チェロ組曲」が流れ、映像作家かわなかのぶろさん(<汀>の常連でもある)が新宿をテーマにした映像が流れる。 そして、『あなたにあげる歌謡曲 其の一』(05)のギターも素晴らしかった、高橋ピエールさんがソロを演奏し、礼服のような黒のドレスを着た渚が現われた。 「白い朝」は、渚が「新宿と若松孝ニさんに捧げた曲を」と、松石ゲル(名古屋在住のザ・シロップのリーダー)さんに作ってもらった歌とのこと。 そこに、若松監督が大きな深紅の薔薇の花束を抱えて登場した。う~ん、ダンディ。 若松作品といえば、『新宿マッド』(70)をはじめ、新宿で撮った映画が多い。山田広野さんの進行で、二人は新宿話に花が咲き、渚は監督に「ここは静かな最前線」を捧げる。 そう。『天使の恍惚』(72)で横山リエが歌い、印象深い歌だ。渚によるカヴァーは、監督の最高傑作『実録連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』(07)で流れた。 さらに、若松さんが、三上寛さんを呼び込む。若松さん、寛さん、渚と、東北生まれ新宿育ちが並ぶ。 寛さんは、「戦士の休息」と「夢は夜ひらく」を披露。圧倒的なパフォーマンスに会場は水を打ったように静まる。

ヘヴィ級なゲストの3人目は、はっぽんこと山谷初男さんだ。日本を代表する異端の役者なれど、寺山修司さんが丸ごと詞を書き下ろした『放浪詩集 新宿』(74)をはじめ味のあるレコードも発表している。この夜は、その名盤から「ジプシーローズに捧げる唄」、「菅原文太を見にゆくブルース」を歌ってくれた。 そういえば、『放浪詩集 新宿』の演奏は<はちみつぱい>だし。かわなかのぶひろさんは寺山さんの葬儀を仕切ったそうだし(と、<汀>でたまたま隣に座った僕は聞いたことがある)。11.4の新宿コマ劇場には、渚ようこマジックが頻出したのであった。

ヴァイオリンがせつない「おいとこ節」(インスト)が流れるも、空気を入れ換えるように、松石ゲルの名作「ゲバゲバ子守歌」へ。せりに乗って、渚が登場する。<デリシャスウィートス>もまたまた現われた。「土曜の夜、何かが起きる」(オリジナル=歌:黛ジュン/作詞:なかにし礼/作曲:鈴木邦彦/69年)のカヴァーで、さらに盛り上がる。

そして、晩年に渚が邂逅した阿久悠さんへのリスペクト・コーナーが始まった。 「二日酔い」(オリジナル=梓みちよ/作曲:森田公一/76年)、「本牧メルヘン」(オリジナル=鹿内孝/作曲:井上忠夫/72年)、遺作となった渚への書き下ろし「どうせ天国へ行ったって」(作曲:大山渉/07年)、今年8月に満を持してカヴァーした「舟歌」(オリジナル=歌:八代亜紀/作曲:浜圭介/79年)、「ブルースカイ ブルー」(オリジナル=西城秀樹/作曲:馬飼野康二/78年)と、たっぷり歌いまくる。 渚ゆうこ、ならぬ、渚ようこ。何かとコンセプチュアルな歌手と誤解されがちな彼女だが、今回、何より、渚は歌を大切にしている歌手なのだ、と当たり前のことを再確認できたのがうれしかった。

せりに乗ってクレイジーケンバンドの横山剣さんが登場! パッと会場が華やかになった。温度が一気に上がった。 楽曲は、「かっこいいブーガルー」(作詞・作曲:横山剣/01年)と、「新宿そだち」(オリジナル=大木英夫&津山陽子/作詞:別所透/作曲:遠藤実/67年)をサンドイッチした通称”かっこいいそだち”。ケンとヨーコの久々のデュエットは、イイネ! イイネ! イイネ!  エンディングは、イイネ!ポーズをした剣さんが乗ったテレビ台を、いつものCKBのステージとは違って、ガーチャンこと新宮虎児ではなく、渚さん自らいつもより余計に回しております。 時間というものは残酷なもので、最後の曲は剣先生が渚のためにプロデュースした「ニュートーキョー」(02)。横山剣の洗練された作詞術/作曲術を堪能して、幕が下りた。

4.渚は、コマ劇場に合わせたのではない。
アンコールは、渚が客席からスポットを浴びつつ登場。彼女のアルバム『HEY! YOU』(06年)から「哀愁のロカビリアン」(作詞:阿久悠/作曲:宇崎竜童/06年)を歌い上げる。 そして、コマ名物! 独楽よろしく回転する三段のせりの上に渚が立ち、「かもねぎ音頭」(オリジナル=歌:中川レオ/作詞:吉岡オサム/作曲:了 瑛貢/72年)~「ゲバゲバ子守歌」(インスト)に乗せて、メンバー&ゲスト紹介! 舞台狭しと、若松孝二、横山剣、三上寛、山谷初男、内藤陳とトリオ・ザ・パンチ2008……が和気藹々と並んでいる。渚ようこというワン&オンリーな存在なしには、あり得ない光景だ。

「歌謡曲と新宿へのやぶれかぶれのオマージュ」とは本公演のコピーだが、「昭和にワープ」する場を超え、渚ようこと同志による「かっこいい世界の創造」の域に達していた。そこに僕はモーレツに感動した。 「新宿見たけりゃ 今見ておきゃれ じきに 新宿 原になる」とは、ご存知! 唐十郎が大島渚監督作『新宿泥棒日記』(69)の中で吐く名セリフだ。『新宿ゲバゲバリサイタル』も、渚ようこにおける新宿コマ劇場へのレクイエムであり、彼女がコマ用に選曲から演出まで合わせたように、僕は、つい、現場で浅はかにも考えてしまった。 しかし、あの興奮の一夜から1ヶ月強が経ち、一から振り返ると、あの晩のセットリストは、渚のルーツ・ミュージックの確認と半生の集大成であり……。初めのMCにおける「コマの舞台に立っているのに、落ち着いている」的なコメントは、決してユーモアではなく、実感であったことがじわじわと判ってきた。 渚は、コマに自分に合わせたのではない。新宿コマ劇場が、渚ようこを優しく包んだのだ。